【web連載】須藤遙子「愛妹通信―自衛隊広報レポート」第1回

防衛省市ヶ谷台ツアー


愛妹。1972年にあなたが亡くなってから、もう43年の月日が経ちましたね。あの頃私は3歳でしたが、戦争の影のようなものが、まだ社会のすみずみにまで「しみ」のように残っていたように思います。そんな「しみ」が、バブル期には狂瀾とともに忘れられ、その後の停滞期には経済的敗北感と表裏一体のネオ・ナショナリズムの温床となり、今や強力なカビとり洗剤で無理やり真っ白にさせられようとしています。あんなに強固に光り輝いていた憲法9条が改正の論議にさらされるようになり、日本社会における防衛省や自衛隊の存在感がこの10年ほどで驚くほど増してきました。私はこうした日本の状況に疑問を覚え、エンターテインメント化が強まっている自衛隊の広報活動を取材することにしたのです。

 

その1回目として、先日は防衛省内で行われている市ヶ谷台ツアーに参加してきました。事前の申し込みによって、一般市民向けに月曜日から金曜日まで午前と午後の2回行われている約2時間の広報ツアーです。戦後の官公庁建設では最大規模だった六本木地区から市ヶ谷への防衛省(当時は防衛庁)移転に伴い、2000年6月にこのツアーがスタートしたということです。「市ヶ谷台」というように、この場所は海抜約31メートルの高台にあり、江戸時代から首都防衛の要となる土地でした。敷地は約23ヘクタールで東京ドーム約5個分、1万人ほどの職員が勤務しています。このツアーは、2015年3月末現在で見学者が約35.3万人、平日開催なので年代別では年金生活に入っている60代70代が多く、私が参加した回もその年代が中心でした。

 

ツアーでは、戦中に陸軍士官学校や大本営が置かれ、戦後は東京裁判の法廷としても使われた建物を移築・復元した市ヶ谷記念館、2015年5月現在で1850名ほどになる自衛隊殉職者を含めた慰霊施設であるメモリアルゾーン、屋外ヘリ展示場、棟内にある広報展示室、厚生棟の売店などを回っていきます。目玉の市ヶ谷記念館では、1階の大ホールがいかに天皇の目線や使用感に配慮してあったかという建築上の工夫が説明され、東京裁判の際のホールの様子がビデオを含めて解説されました。2階には、1970年に起きた三島由紀夫事件の舞台となった部屋とバルコニーが復元されています。屋外ヘリ展示場には、操縦士2名のほか11名が搭乗できるUH-1H という多用途ヘリコプターが展示されており、見学者が試乗できるようになっていました。売店では、迷彩柄をはじめとするたくさんの自衛隊グッズや土産品のほか、隊員たちが実際に仕事で使用する備品等も売られています。

 

 

 メモリアルゾーン

 

 多用途ヘリコプターUH-1H

 

遅れると入場が許可されないので、集合時間前には全員が集まり、身分証等のチェックを受けて正門をくぐりました。普通の施設見学と違ってセキュリティーがずっと厳しいので、見学者たちは最初それぞれ少し緊張した様子です。しかし、案内を担当する自衛官が非常に気さくで話すのが上手なので、皆すぐにリラックスしていました。冗談を交えての説明に時々笑いが起き、70代の男性らが興味深いエピソードに頷いたり、60代の女性が熱心に質問したり、軍事マニアらしき40代の男性が自衛官に写真を撮ってもらったりと、ツアーは和やかに進んでいきました。売店では皆興奮気味で商品を見て回り、各々いくつかの買い物袋を下げて店を出ていたようです。私も、にっこり笑った安倍首相のイラスト付きの3種類の飴が入った「アメノミックス」という商品を買いましたよ。

 

 

アメノミックス

 

私が思うに、このツアーの一番の意義は、見学者である一般市民が漠然と抱いている防衛省や自衛隊への警戒心を解かせ、ある意味「普通」の人が勤めている「普通」の組織なのだと感じさせることです。たとえば、制服を着た自衛官が冗談を言うだけで、私たち一般市民は安心するのだと思います。ああ、自衛隊の人たちも私たちと同じ「普通」の人なのだ、と。案内の自衛官と打ち解けて楽しそうに喋っている見学者たちの様子を見ていると、このツアーは広報活動として有効に機能していると思われました。

 

しかし、もちろん自衛隊は「普通」ではない面を持っています。敷地内には陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地があり、私服の隊員たちがグラウンドでマラソンしたり、筋トレをしたりしている様子を見ることができます。談笑している隊員たちの様子は、普通の若者と何ら変わりませんが、グラウンドの中央には弾道ミサイル攻撃対処用ペトリオットPAC-3の展開基盤が装備されており、迷彩ネットをかけられた巨大な箱が周囲ののどかさと異様な対照を成しています。私が見学をした2015年5月14日、自衛隊法など10本の改正法案を一括した「平和安全法制整備法案」と新たな恒久法案が閣議決定されました。防衛省・自衛隊の人びとは、自分たちの危険が大きく増すかもしれない閣議決定がされたこの日も、淡々と任務をこなしているようでした。

 

愛妹、自衛官たちは本当に「普通」なのだと私は思うのです。そして、旧日本軍の兵士たちもまた「普通」の人たちだったでしょう。その「普通」の人たちに武器を持たせて「普通ではないこと」をさせるシステムが、軍事組織なのです。自衛隊は武器を扱う実力組織なので、その権限を抑えるために文民統制という仕組みがあります。現政権は、防衛省内の文官統制を廃止する閣議決定をするなど、このシビリアン・コントロールを弱めようとしているように見えます。でも、愛妹! シビリアンの代表として自衛隊の最高指揮監督権を持つ内閣総理大臣が、自衛隊という組織よりも好戦的な場合、このコントロールは逆の方向に向かうでしょうね。安倍総理は、自衛隊最高指揮者としては思う存分の権力をふるい、軍事力の暴走を防ぐための仕組みとしての文民統制は極力排除したいようです。戦争の「しみ」を異常なまでに忌避し、その「しみ」を抱えながらここまで成長してきた日本を一気に捨象しようとするような総理を誕生させてしまった国民の責任を、私はつくづく重い気持ちで考えざるを得ないのですが、あなたはどう思いますか。

 

 

★「愛妹(あいまい)」の由来については、こちらをお読みください。

 
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[プロフィール]
すどうのりこ/1969年生まれ。横浜市立大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。メディア学、文化政治学。現在、日本学術振興会特別研究員。著書に、『自衛隊協力映画――『今日もわれ大空にあり』から『名探偵コナン』まで』(大月書店、2013年)。

※この連載は、日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「自衛隊広報のエンターテインメント化に関するフィールドワーク研究」(平成27年度~29年度)の成果を一部発表するものです。

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