【web連載】須藤遙子「愛妹通信―自衛隊広報レポート」番外編


安保法制成立に思う

 


愛妹。9月18日未明に、これまでの日本のあり方を大きく転換させる安全保障関連法案が、参議院で可決され、成立しました。法案をめぐっては、与党が参考人として招いた学者を含むほとんどの憲法学者が「違憲」と表明、様々な分野の学者や研究者、各宗教団体、若者から年配者、子どもを持つお母さんから元自衛官まで多くの人々が反対をし、全国的に大きなデモが何度も行われました。デモで特に大きな役割を果たしたのは、10代から20代前半の若者、学生を中心とするSEALDs という団体でした。

 


SEALDsの主要メンバーの一人である奥田愛基さんは、採決が迫った9月15日に、安保法案を審議する参院特別委員会の中央公聴会で公述人として反対意見を表明しました。大学4年生である彼のスピーチをインターネットで見ていて、彼は私の子どもにあたる世代なんだな、とふと気づきました。そして、私が彼と同じ大学4年生のとき、どうしていただろうと思ったのです。

 


1989年は、正月明け早々に昭和天皇が崩御し、平成という耳慣れぬ元号になりました。11月にはベルリンの壁が崩壊し、12月にはアメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が冷戦終結を宣言しました。日本も世界もまさに激動の年でしたが、日本経済は日経平均株価が史上最高値を記録する年末までバブル最高潮で万札が飛び交い、大学生でも簡単なアルバイトで5万10万を軽く稼ぎ、高価なブランドバッグを持って、デートで高級レストランやホテルに行くのも当然の時代でした。就職面でも空前の売り手市場だったので、私を含めて大学の仲間たちは大手有名企業の内定をいくつも持っていて選び放題、しかも男女雇用機会均等法が施行された後だったので、初の女性総合職として採用された友人もたくさんいました。私が就職活動をした年をピークに、次の年から雇用が控えられていくことになるので、私の学年は史上最も「ラッキー」な大学生活を送ったともいえるでしょう。当時は当たり前だと思っていた自由と豊かさが、実は時代の隙間にできた偶然でしかなかったと気づいたのは、だいぶ後になってからです。

 


『1995年 未了の問題圏』(中西新太郎編、大月書店、2008年)で雨宮処凛が書いているように、1995年にはバブル崩壊の影響が社会のすみずみまで顕在化し、旧日経連が「新時代の『日本的経営』」という報告書を出して「棄民」化が始まっています。それから20年、非正規雇用や格差増大の問題は大きくなり続けてきました。にもかかわらず、安倍政権はそれに拍車をかけるように、大企業に有利な新自由主義政策を次から次へと打ち出しています。SEALDsをはじめとする、安倍政権への反対運動を展開した若者たちにとって、政治や経済の問題は私のときのように他人事ではないのです。私の母校の早稲田大学では、当時はまだ政治的な看板がたくさん立っていましたが、バブルに浮かれて消費に没頭するほとんどの学生には魅力が無く、私も当然ながらデモに参加した経験も、する意思も全くありませんでした。する必要が無いのなら、彼らだってデモなどせず、おこづかいをたっぷり持って遊び回りたいでしょう。そう考えると、自分が果たすべき責任を放棄してきたような居心地の悪さと申し訳なさを、見当違いで傲慢だとしても、感じないではいられないのです。私はまさに、米紙ウォールストリートジャーナルが今回の報道のなかで書いた「数十年間沈黙してきた学生」の一人だったからです。

 


でも、愛妹! 私も今回は路上に飛び出しましたよ! 3回参加した名古屋のデモでは、東海地方の研究者仲間に次々と会いました。上智大学の恩師は国会前に座り込み、横浜市立大学の恩師は地方公聴会が行われた新横浜プリンスホテル前に4時間立ちました。本当にいろいろな立場の人が集まり、それぞれの声で叫んでいました。沿道でデモを見る人たちのまなざしも暖かく、車椅子の高齢の女性が安保法案反対のプラカードを持ってデモの行列を見送っているのに気づいた時は、胸が熱くなりました。

 


今回の一連の反対運動で特徴的だったのは、SNSでの情報拡散・共有でしょう。マイケル・ハートとアントニオ・ネグリが2001年に“Empire”(水嶋一憲他訳『<帝国>グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』以文社、2003年)のなかで、国民国家とは異なるかたちで展開するグローバルな主権を<帝国>と名づけ、それに対抗していくのは、その支配下にありつつも情報ネットワークでつながっていく「マルチチュード(多様な群衆)」であると述べました。これを読んだときは全くの夢想に感じましたし、インターネット上で「citizen(市民)」が形成される可能性を私は正直全然信じていませんでした。しかし、国会前や各都市で路上を「占拠」した人々は、まさにマルチチュードだったといえそうです。各集会で演説する若者たちが、紙の原稿ではなく、スマホを見て話していたのも印象的でした。

 


愛妹。今回の抗議で路上に出た人々は、政府の横暴に怒りを表明しつつも、皆とても楽しそうでした。私自身もとても楽しかったです。「戦後」の終焉を目指す安倍首相に対抗するかたちで、「押しつけ」られたものではない民主主義をようやく確立できる可能性を、私は人びとの笑顔のなかに見たような気がしています。

 

 

 

★「愛妹(あいまい)」の由来については、こちらをお読みください。

 

 

★連載第1回「防衛省市ヶ谷台ツアー」
★連載第2回「陸上自衛隊広報センター「りっくんランド」」
★連載第3回「海上自衛隊第1術科学校
★連載第4回「平成27年度富士総合火力演習」
★連載第5回「防衛大学校見学ツアー」


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[プロフィール]
すどうのりこ/1969年生まれ。横浜市立大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。メディア学、文化政治学。現在、日本学術振興会特別研究員。著書に、『自衛隊協力映画――『今日もわれ大空にあり』から『名探偵コナン』まで』(大月書店、2013年)。

※この連載は、日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「自衛隊広報のエンターテインメント化に関するフィールドワーク研究」(平成27年度~29年度)の成果を一部発表するものです。

 

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