【web連載】須藤遙子「愛妹通信―自衛隊広報レポート」第12回

陸上自衛隊久留米駐屯地一般開放 

 


愛妹。今回は、九州福岡県の陸上自衛隊久留米駐屯地でのお花見一般開放に行きました。前回の航空自衛隊は「基地」、陸上自衛隊は「駐屯地」と言います。以前聞いた陸上自衛官の説明によれば、航空自衛隊や海上自衛隊は、ある場所にしっかりと拠点を持って行動するので、「ホーム」=家を意味する基地という呼び方だが、陸上自衛隊は任務によって常に移動するので、「仮の宿」を意味する駐屯地と呼ぶ、ということです。とはいうものの、久留米駐屯地は、1897(明治30)年から大日本帝国陸軍の歩兵第48連隊が置かれていた場所で、「菊兵団」「龍兵団」という勇猛果敢で有名な師団があったことでも知られた、長い歴史を持つ軍事拠点です。

 

久留米駐屯地の一般開放は、敷地をぐるりと囲むように植えられた桜を地元の人々に楽しんでもらうよう、毎年3月の終わりに企画されています。武器や装備品の展示・紹介がメインではなく、あくまで国民に自衛隊への親しみを持ってもらうのが目的であると考えられます。開催された3月26日の桜は、まだまだ1分咲きといったところで、よく晴れた暖かい日であったにもかかわらず、訪れている人はとても少なかったです。普段は演習が行われているであろう広い芝生を、小さな子どもが駆け回ったり、家族がお弁当を広げて食べていたりと、とてものどかな光景でした。そのなかに常設展示してある榴弾砲が、風景に溶け込んでいるような溶け込んでいないような、奇妙でグロテスクな印象でしたね。

 


常設展示してある榴弾砲

 

野外では、駐屯地音楽隊と駐屯地太鼓部「一心太鼓」による演奏がありました。客席は少々寂しかったものの、演奏や演舞が始まると、敷地内に散らばっていた人びとが椅子席やブルーシート席に集まってきて、にこやかに催しを楽しんでいました。駐屯地に勤める自衛官の家族なども混ざっていたようで、迷彩柄のベビー服を着た赤ちゃんを連れた女性が、演奏者と楽しそうに言葉を交わしている風景も見られましたよ。

 

今回のもう一つの目玉は、通常は毎月第4日曜日にしか一般公開されない広報資料館です。地方の駐屯地の資料館なので、小さくてあまり見るものも無いだろう、と正直期待していなかったのですが、九州全土の元兵士や遺族らから集められた品々を中心に、非常に充実して中身の濃い展示でした。パンフレットによれば、「明治・大正・昭和に至る旧軍郷土部隊」の貴重な資料と自衛隊関連資料合わせて約2000点を展示しているということです。広報館の建物自体も、明治の開設当時に本部営舎として建設されたもので、外観は素っ気ないのですが、中に入ると使い込まれた木の階段や手すりが長い時間を物語っています。

 

展示室は、テーマごとに小さな部屋に分かれています。各時代の軍服や装備品、軍票や戦時国債などが揃っており、たくさん並んだ銃の中には有名な三八式歩兵銃もありました。薩摩出身の東郷平八郎の書は、乃木希典の書と並んで展示されています。日の丸の上に軍歌がいくつも書かれている珍しい日章旗や、あちこち破れ、焼け焦げや血痕の付いた生々しい旗も展示されていました。菊の御紋が付いた賜盃(しはい)をはじめ、天皇からの恩賜品も、ずいぶん様々な種類が集められています。

 


戦時中に発行された軍票

 


血痕の付いた生々しい日章旗

 

私が一番興味深かったのは、1932(昭和7)年の第一次上海事変の際に、自らの命を捨てて鉄条網を爆破して「軍神」と仰がれた「爆弾三勇士(肉弾三勇士)」の展示です。この3名の兵士は、まさに久留米の師団に属していたのです。「爆弾三勇士」の話は、愛国美談として世間を席巻し、多くの映画や軍歌になったほか、漫画や落語、歌舞伎にまでなるほどのブームとなりました。「爆弾三勇士」のことは本でしか知らなかったので、当時の軍営舎だった建物の中で彼らの資料や模型を見ていると、何とも言えないやるせない気分になります。

 


「爆弾三勇士」の展示

 

この資料館を見学してつくづく実感したのが、九州では「防人」の地としての自覚が非常に強いということです。「防人の地」という言葉は、屋外のテント内で上映されていたPRビデオのなかでも語られていました。防人というのは、7世紀に唐や新羅などの大陸からの襲来に備え、九州沿岸の防衛の任務についていた人びとです。その歴史が綿々と続いているというのは、九州に来てみないと全くわからないことでした。だから、九州では「郷土部隊」という誇りや結束がとても強く、前回の通信に書いた「この福岡に一発の爆弾も落とさせない」という航空自衛官の発言にもつながっていくのです。私はこの事実に本当に驚いたし、いろいろと考えさせられました。

 

愛妹。九州では、自衛官の比率が他の地域に比べて高く、九州の人口が全国の10%なのに対し、自衛官定数では26%にも達するそうです。その理由として、都心部のように仕事がなく、自衛隊が堅実な就職先としてあるからだ、とよく語られますが、果たしてそれだけなのでしょうか。今月14日と16日に起きた熊本地震では、今も多くの自衛官が救援活動を行っていますが、ネットのなかには、熊本にある陸上自衛隊第8師団が、いざとなったら自分たちを助けてくれることを住民は皆知っている、という書き込みがありました。九州においては、自衛隊はとても身近な存在なのですね。

 

私たち研究者、あるいはマスコミ、そして国を動かす国会議員や官僚たちも、無意識に「中央」の目で社会を眺め、分析しがちです。しかし、そこからこぼれ落ちるものがたくさんあることを、九州に住むようになって自覚させられました。とはいえ、愛妹! その純粋な防人意識が、まさに「中央」に都合よく使われてしまうことは、「爆弾三勇士」の例を見てもやはり明らかでしょう。

 

 

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★「愛妹(あいまい)」の由来については、こちらをお読みください。

 

 

★連載第1回「防衛省市ヶ谷台ツアー」
★連載第2回「陸上自衛隊広報センター「りっくんランド」」
★連載第3回「海上自衛隊第1術科学校
★連載第4回「平成27年度富士総合火力演習」
★連載第5回「防衛大学校見学ツアー」
★連載第6回「アメリカ海軍兵学校見学ツアー」
★連載第7回「航空自衛隊浜松広報館「エアーパーク」」
★連載第8回「艦艇公開 護衛艦さみだれ」
★連載第9回「アニメ『ガールズ&パンツァー』」
★連載第10海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」
★連載第11回「航空自衛隊春日基地見学」

 


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[プロフィール]
すどうのりこ/1969年生まれ。横浜市立大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。メディア学、文化政治学。現在、筑紫女学園大学現代社会学部准教授。著書に、『自衛隊協力映画――『今日もわれ大空にあり』から『名探偵コナン』まで』(大月書店、2013年)。

 

 

 

※この連載は、日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「自衛隊広報のエンターテインメント化に関するフィールドワーク研究」(平成27年度~29年度)の成果を一部発表するものです。

 

 

 

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