【web連載】須藤遙子「愛妹通信―自衛隊広報レポート」第22回

呉入船山記念館


愛妹。今回は、2016年11月に公開され、ロングランヒットとなっているアニメーション『この世界の片隅に』(片渕須直監督)の舞台になった呉にある、入船山記念館のことを書こうと思います。

呉のことは、すでに海上自衛隊第1術科学校護衛艦さみだれ公開「てつのくじら館」について書いたときにふれましたね。呉は、横須賀・佐世保・舞鶴と並び、旧日本海軍の統轄機関であった鎮守府が置かれていたところで、前にも書いたように、今でもたくさんの艦艇や潜水艦が日常の風景となっている街です。
アニメでは、広島との比較で田舎っぽさが強調されていたように感じましたが、当時から戦艦大和をつくるほどの規模の造船所があり、現在も古い近代建築が街のあちこちに残っていることを考えると、かなり近代的な街だったのではないでしょうか。

旧呉鎮守府司令長官官舎である入船山記念館は、その中でも呉を代表する美しい近代建築です。アニメでは呉の街にあるゆるやかな坂道がところどころに出てきますが、この記念館も、市街からだらだらとした坂をしばらく上がった、呉港を見渡せる丘の上にあります。
残念ながら当時の建物ではなく、発見された1905(明治38)年建築当時の資料をもとに、調度品等も含めて復元したものです。復元された建物というのは、往々にして薄っぺらな印象になってしまうものですが、この記念館は当時の風格を十分感じさせてくれる立派なものでしたね。

 

入船山記念館正面


和洋折衷の不思議な外観の木造平屋建てで、正面から見ると完全な洋館なのですが、横にまわると、その後ろに日本家屋が廊下でつながっているのがわかります。

内部から見た日本家屋との渡り廊下


洋館部分の屋根は、魚鱗葺(ぎょりんぶき)といって天然粘板岩(スレート)を使用した屋根で、文字通り魚の鱗のように美しく重なっており、遠くからだと海上の波のようにも見えるとのことです。石段を数段上がった入り口の扉には、いかにも明治らしい装飾のイギリス製のステンドグラスがはめ込まれていました。

ステンドグラスが使用された玄関


洋館の中に入ると、全国でも数例しかないという珍しい金唐紙(きんからかみ)でできた内装が目を引きます。もともとは革に金の装飾をほどこすものだそうですが、革は貴重であるために、日本の和紙を代用して制作したと説明がありました。当時の応接室やダイニングでは、高級将官たちが毎日集っていたのでしょうね。

金唐紙が貼られた室内


それに対して日本家屋は長官の住居だったそうですが、洋館部分の豪奢さとはうって変わった、かなり質素な造りでした。

敗戦後は、イギリス連邦占領軍の司令部として使用されていたということです。占領軍というとアメリカだけがイメージされがちですが、中国・四国地方にはイギリス・オーストラリア・ニュージーランド・イギリス領インドの軍隊で形成された「イギリス連邦」の占領軍が、アメリカ軍から任務を引き継いで1946年から駐留していたのですね。

入船山記念館のあった場所には、もともと呉の氏神を祀る亀山神社がありましたが、鎮守府を置くために直線距離で400メートルほど離れた別の丘に移転させられました。ご祭神は、中世から武士の信仰が厚かった武神の八幡三神です。
もしかしたらあなたは、旧日本軍が信仰した神は天照大御神だけではないかと思っているかもしれませんが、実は天照ではない神を祀っていることも多々あります。やはり武神として有名な大国主命を祀っている例もありますし、航空自衛隊が協力したテレビドラマ『空飛ぶ広報室』では、天磐船に乗って河内に天降ったという伝承のある饒速日(にぎはやひ)を祀っていることを説明するシーンがありました。
戦中、歴代の海軍司令長官は着退任時に必ず亀山神社に奉告し、呉港に出入りする海軍艦船の将兵らも同様に必ず参拝していたということです。それだけ神を信仰していながら、軍のためには社を移転させてしまうというところが、日本における近代の矛盾とゆらぎを表しているような気がしますね。

『この世界の片隅に』では、戦時中の様子が呉に嫁いだ広島の若い女性を通して描かれています。アニメ作品とはいえ、戦争のなかの日常、日常としての戦争がよく表現されていると私は思いました。
戦争中であっても、人はご飯を食べたり着物を繕ったり、ときには畑で絵を描いたりし、そうかと思えば、その最中に爆弾が落ちてきてすぐ横にいた家族が亡くなったり、自分の手を失ったりします。原爆投下の描写もありきたりではなく、「臭い」を感じさせるような生々しさがありました。
しかし、登場人物たちはその日常をただなんとかやり過ごしていくだけともいえるので、この作品は国家の戦争責任などに全然結びついていないという批判の声も耳にしました。

愛妹、これは本当に難しいですね。私は『シン・ゴジラ』が一般人を描かず、政府中枢の政策決定者らにしかスポットをあてなかったことを強く批判しているわけですが、『この世界の片隅に』のように民衆の生活を描いてもこぼれていくものはあります。もちろん一作品に戦争の実態すべての表現を期待するのはナンセンスですが、戦争の記憶をどう伝承していくかというのはとても深刻な問題です。

 


 



★「愛妹(あいまい)」の由来については、こちらをお読みください。

 

 

★連載第1回「防衛省市ヶ谷台ツアー」
★連載第2回「陸上自衛隊広報センター「りっくんランド」」
★連載第3回「海上自衛隊第1術科学校
★連載第4回「平成27年度富士総合火力演習」
★連載第5回「防衛大学校見学ツアー」
★連載第6回「アメリカ海軍兵学校見学ツアー」
★連載第7回「航空自衛隊浜松広報館「エアーパーク」」
★連載第8回「艦艇公開 護衛艦さみだれ」
★連載第9回「アニメ『ガールズ&パンツァー』」
★連載第10回「海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」」
★連載第11回「航空自衛隊春日基地見学」
★連載第12回「陸上自衛隊久留米駐屯地一般開放」
★連載第13回「大刀洗平和記念館と戦跡めぐり」
★連載第14回「防府南基地・開庁記念行事」

★連載第15回「防府航空祭2016」
★連載第16回「自衛隊夏まつり・盆踊りフェスタ」
★連載第17回「佐世保地方隊サマーフェスタ 2016」
★連載第18回「平成28年度自衛隊記念日観閲式」
★連載第19回「出雲駐屯地創立63周年記念行事・市中パレード」

★連載第20回「自衛隊広報としての『シン・ゴジラ』」
★連載第21回「芦屋基地体験搭乗」

 
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 [プロフィール]
すどうのりこ/1969年生まれ。横浜市立大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。メディア学、文化政治学。現在、筑紫女学園大学現代社会学部准教授。著書に、『自衛隊協力映画――『今日もわれ大空にあり』から『名探偵コナン』まで』(大月書店、2013年)。

 

 

※この連載は、日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「自衛隊広報のエンターテインメント化に関するフィールドワーク研究」(平成27年度~29年度)の成果を一部発表するものです。

 

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