【web連載】須藤遙子「愛妹通信―自衛隊広報レポート」最終回

自衛隊広報にみる日本


愛妹。3年間書いてきたあなたへの手紙も今回で一区切りです。

この3年で全国の自衛隊施設や自衛隊イベントをずいぶん回りましたし、アメリカにも足を伸ばしました。今回は、これまで自分の目で見て考えたことを書きたいと思います。


まず、自衛隊の基地や駐屯地は広い敷地が必要なので、当然ながら市街地や観光地から離れていることがほとんどです。首都圏で生まれ育った私にとっては、調査でなければ行くこともなかったであろう土地にたくさん行くことになりました。

そうすると自衛隊とその土地の人たちの距離がとても近いことに気づいたんですね。企業の数が少ない地方では、自衛隊が就職先として大きな位置をしめていて、隊員もその家族も大勢いますし、彼らを主要なお客とするお店もあります。とてもあたり前のことなのですが、都会にいるとこうした現実が見えにくいのは間違いありません。

2年前に福岡市に移住してからは、仕事帰りの自衛隊員が迷彩服のまま自転車に乗って帰宅している風景を見ることも珍しくなくなりました。このように、単純に「自衛隊員を見る機会が多い」というだけでも、自衛隊への親近感はだいぶ違うように思います。

最新の内閣府の世論調査では「自衛隊に良い印象を持っている」とする人が89.8%と高い数値でしたが、この好感度の高さを単に政治的イデオロギーだけで捉えてしまうのは間違いでしょうね。


同じ意味で、自衛隊の広報施設や広報イベントに来る人たちが戦争に賛成で右翼的だと考えるのもまた的外れです。

今までの手紙でもたびたび書いてきましたが、施設やイベントの来場者は、通常の博物館やお祭りなどで見かけるような「フツーの人」たちでした。特に驚いたのが家族連れの多さで、これはあなたに手紙を書き始めた3年前には予想もしなかったことです。

熱心に戦闘機や戦車を撮影するような人たちも一定数いますが、私が見る限りは単なるカメラマニアや「飛行機好き」がほとんどのようでしたよ。


また、全国の自衛隊員をこんなにたくさん見て接する機会もなかったので、彼らの様子からもいろいろ考えさせられましたね。制服や迷彩服を着ているので、非常に特殊な人種のように思っていましたが、彼らもまた私たちと変わらない「フツーの人」たちでした。

一生懸命仕事をし、お客である私たちに笑顔でサービスし、同僚と冗談を言い合ったり、ときには本音で話してくれたりしました。軍事組織ならではの偏狭さを感じることももちろんありましたが、「自衛隊」というつかみどころのない、少なからず他人に恐怖感を与える大きな組織の一員である前に、彼らもまたそれぞれの暮らしを持つ一人の人間なのだということを実感しました。



愛妹、こんなふうに書いているとバカバカしいくらい当然のことばかりなのですが、フィールドワークでの体験の偽らざる感想です。


ただし、自衛隊員も自衛隊の広報施設やイベントに来る人たちが「フツー」だからと言って、そこに何の問題もないとは全く思っていません。むしろ彼らの「フツー性」にこそ、現代日本の問題あるいは戦前から続く軍事組織の問題があると私は思うのです。

現代は何と言っても極度に発達した消費社会です。誰かが何らかの意図をもって企画したイベントには相当のお金が投入されており、たとえそれが「無料」のイベントであったとしても、そこに参加するということはそのイベントを「消費」することになります。

そして、こうした消費には「メッセージの消費」も含まれます。つまり自衛隊の広報施設やイベントに行くということは、軍事組織たる自衛隊の広報メッセージを消費することになるので、紛れもなく政治的な行為ですよね。

しかし、どうも「娯楽」「エンターテインメント」としての側面ばかりが強調されており、来場者は「無邪気」にそれを楽しんでいるという理解が定着している気がします。こうした状況自体がとても政治的であると私は思うのです。




そして、「フツー」だった人が兵士となり、兵士となった途端に「フツー」の人の生活を破壊する側に回るかもしれないということは、軍事組織ならではの過去から現在までずっと続く問題です。その立場の転換は、国家が一手に握っています。

愛妹! 国家はそのような恐ろしい力を発揮できるからこそ、私たちは憲法でその力を常に制限しなくてはいけないのです。国家は莫大な経済的な力も持っており、消費社会にも大きな影響を及ぼしています。


グアムの海岸で、潮の変化や危険な海中生物に注意といった看板に混ざり、泳いでいる人の下からおたまじゃくしのようなものが近づいている絵がついた看板がありました。その看板には「CAUTION MAN-OF-WAR」つまり「戦争で亡くなった霊に注意」と書いてありました。

その浜辺は大戦中に激しい戦闘があった場所の一つで、旧日本兵もアメリカ兵もその浜辺でたくさん亡くなっています。彼らの魂はまだ安らいではいないのでしょう。

戦争がなければ彼らも「フツー」の人生を送り、殺すことも殺されることもなかったはずです。「フツー」であるということは、あっと言う間に「フツー」でなくなることを私たちは知っています。


愛妹。あなたはベトナム戦争の真っ最中に亡くなったことになりますね。東アジアの緊張がまだ予断を許さない今日、消費に浮かれるばかりでなく、国家の動きをよく見つめることが、新たな悲劇を生まないことにつながると私は思っています。



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読者の皆さまへ

3年間お読みいただき、本当にありがとうございました。

自衛隊の施設やイベントを詳細に楽しく報告するネット記事が溢れるなか、どうすれば客観的なリポートになり、批判的視点を入れられるかかなり悩んだ末、亡くなった妹に向けて書く手紙というアイデアに至りました。突然ネット上に引っ張り出されて、天国の妹もびっくりしたかもしれません。

長くて短かった3年間、様々な自衛隊の姿を見て私自身にも変化がありました。なによりも大きかったのは、自衛隊に対するやみくもな嫌悪感? がなくなり、自国の防衛を正面から見つめる気になったことです。つまり賛成/反対の単純な二項対立ではなく、「戦争をしない」という憲法9条をただ「守る」だけでなく政治的に「活用」しつつ、どうすれば現実的な国防ができるかを考えるようになりました。これは3年間どっぷりと接してきた自衛隊広報が私に及ぼした最大の影響といえるでしょう!

これからも自衛隊のイベントがあると思わず「行かなくては!?」という強迫観念にかられそうです。皆さまも一度はこうしたイベントに足を運び、自衛隊の現実をご自分の目で見られてはいかがでしょうか。


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★「愛妹(あいまい)」の由来については、こちらをお読みください。

 
★連載第1回「防衛省市ヶ谷台ツアー」
★連載第2回「陸上自衛隊広報センター「りっくんランド」」
★連載第3回「海上自衛隊第1術科学校」
★連載第4回「平成27年度富士総合火力演習」
★連載第5回「防衛大学校見学ツアー」
★連載第6回「アメリカ海軍兵学校見学ツアー」
★連載第7回「航空自衛隊浜松広報館「エアーパーク」」
★連載第8回「艦艇公開 護衛艦さみだれ」
★連載第9回「アニメ『ガールズ&パンツァー』」
★連載第10回「海上自衛隊呉史料館「てつのくじら館」」
★連載第11回「航空自衛隊春日基地見学」
★連載第12回「陸上自衛隊久留米駐屯地一般開放」
★連載第13回「大刀洗平和記念館と戦跡めぐり」
★連載第14回「防府南基地・開庁記念行事」
★連載第15回「防府航空祭2016」
★連載第16回「自衛隊夏まつり・盆踊りフェスタ」
★連載第17回「佐世保地方隊サマーフェスタ 2016」
★連載第18回「平成28年度自衛隊記念日観閲式」
★連載第19回「出雲駐屯地創立63周年記念行事・市中パレード」
★連載第20回「自衛隊広報としての『シン・ゴジラ』」
★連載第21回「芦屋基地ヘリコプター体験搭乗」
★連載第22回「呉入船山記念館」
★連載第23回「陸上自衛隊音楽隊 定期演奏会」
★連載第24回「海上自衛隊佐世保史料館「セイルタワー」」
★連載第25回「岩国フレンドシップデー2017」
★連載第26回「エアーメモリアル in かのや 2017」
★連載第27回「第56回 静岡ホビーショー」
★連載第28回「第4師団創立63周年・福岡駐屯地開設67周年記念行事」
★連載第29回「大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)」 
★連載第30回「航空自衛隊岐阜基地」 
★連載第31回「かかみがはら航空宇宙科学博物館」 
★連載第32回「美ら島エアーフェスタ2017」 
★連載第33回「グアム太平洋戦争記念館、平和慰霊公苑」
★連載第34回「沖縄戦跡国定公園、沖縄県平和祈念資料館 」 

 


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 [プロフィール]
すどうのりこ/1969年生まれ。横浜市立大学大学院博士後期課程単位取得満期退学。メディア学、文化政治学。現在、筑紫女学園大学現代社会学部准教授。著書に、『自衛隊協力映画――『今日もわれ大空にあり』から『名探偵コナン』まで』(大月書店、2013年)。

 

 

※この連載は、日本学術振興会科学研究費助成事業挑戦的萌芽研究「自衛隊広報のエンターテインメント化に関するフィールドワーク研究」(平成27年度~29年度)の成果を一部発表するものです。

 

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